高齢者に対する見方 (2)加齢以外で何が違う?
高齢者に対する見方 (2)加齢以外で何が違う?
前回の「(1)高齢者の定義」では、これまでの「高齢者」の定義を見直す必要性について述べました。
その理由は、数十年前に比べて高齢者の身体的能力の向上や健康に対する考え方の変化及び核家族化に伴う高齢者の果たす役割についても変化がみられつつあるからです。
今回は、年齢以外の面で、高齢者は他の年代と何が違うかについて考えて見ましょう。
加齢以外で何が違う? -ビンテージものの良さ-
高齢者が若い世代の方々との違いは、年齢数が多いこと、肉体的に衰え始めていることだけでしょうか。
1) 年齢が多いことは、それまでの人生における豊かな経験と幅広い知識・見識のみならず、感情的にも寛容さを備え、様々な考え方の背景にあるそれぞれの立場まで配慮できたり、人を見分ける判断力も円熟しています。
2) また、肉体的な衰えは、痛みや病を持つ方々への配慮が深くなるだけでなく、人生の痛みや苦しみを支えようとされる人を見分ける力が目覚め、肉体的にも精神的にも寛容なまなざしで社会を見られるのではないでしょうか。
3) しかしながら、さらに年を重ねると、ヒトによっては気難しくなったり、自我が強くなったり、怒りっぽくなったり、「丸くなる」のではなく、「角がとがっていく」事もあります。
4) その一方で、肉体的な衰えに伴う運動能力、感覚能力、視覚、聴覚あるいは消化能力などにも低下が見られます。
5) いずれの状況も、肉体的な衰えと精神的な葛藤をたずさえることで、まさに心身共に熟成したバランスのとれた人格に変えられる面もあると考えられます。
そしてこの円熟味と謙虚さのバランスは、果敢にそれまでの人生を生きてきた証(あかし)ではないでしょうか。
この域に達した人の役割は、存在しているだけで周囲に安心感を与えられるでしょう。
これを「ビンテージの良さ」が醸成され、涵養(かんよう)された人と表現したいと思います。
ここで言う「涵養な人」とは、水が自然に染み込むように、無理をしないでゆっくりと周囲の人を育む力を備えた人を意味します。
若い時のように自らの意見を強く主張するのではなく、意見を主張しつつも周囲の判断を寛容な気持ちで育み促す力です。
より若い世代の明快な物言いではないかも知れませんが、それは他者への配慮があってのことでしょう。 ・・・・そのような高齢者になれればいいなと思いませんか。