出生前診断 (5)選択の自由と責任
出生前診断 (5)選択の自由と責任
さて、これまで
について述べてきました。
そして(1)では「出生前診断を受ける自由と権利を誰であっても阻止してはいけない。」と主張しました。
(2)では、「例え誰であっても、国であっても「命の選別」などと言う理由で、女性の中絶の権利を押さえつけてはいけない。」と強く述べてきました。
その一方で、(2)で述べたように、「食糧難の時代が終わったにも関わらず、経済的理由で法的に中絶できる国は日本だけである。」事を指摘しました。
また、(3)では1996年の優生保護法の時代まで、日本における中絶では、女性の決定権を著しく押さえつけてきた事を示しました。
(4)では、ピル承認の経緯についても「女性の権利の一つ」として世界から大きく遅れてきた日本の政治・行政並びに医師会の対応について説明してきたとおりです。
権利と責任
出生前診断に対する考え方で、国の政治も行政も、あるいは医師会も当てにはなりません。
期待するほどの倫理などつい最近までどこにもなかっただけでなく、自らの利権を守る事を考えていたのです。今、国や行政が言っていることが、自分自身のためを考えた事を示しているかどうかをよくお考え下さい。
まず、権利として「主体的に避妊をする権利」、「出生前診断を自由に受ける権利」、「中絶を選択できる権利」、を女性が持つこと。これらがようやく整おうとしています。
そしてこれら権利をどの様に使うかは、よく学び、よく考え、あるいはきちんと相談して女性自らの希望と決断を導き出し、その上で配偶者や妊娠に至った相手と対等によく相談し、互いに納得できる結論を導き出していただきたいと考えます。
しかし、どうしても妥当な結論が出せなかった場合には、最後は自らの決断を優先し、その後の人生を熟慮した上で、自らの責任と権利を全うしていただきたいと願うばかりです。
その選択は、生き方において、これまで以上に自らの責任を自覚することに他なりません。自由と権利を得たのですから、責任が伴うのことは当然です。
診断結果が出たとき
それでは出生前診断を受け、その結果を聞いた後で、どう判断するかといった場面で、もし異常があった場合にどう心を決めればよいでしょうか。
どの様な決断をするにしても、回りの意見を参考にすることはあっても、それらに左右される事のないように、ご夫婦や妊娠に至った相手とよく話し合うと共に、病気の子供に対するサポートがどれくらい整えられているかについてもよく調べましょう。そして自らの権利と責任を負っていくのは自分自身です。
女性が自ら主体的な判断が出来る自由と権利と選択権がようやく整ったのであって、過去の中絶に関する政策や行政を知った上で、回りの意見に振り回されることなく、自らの権利と責任とで最後の決断していただきたいと考えます。
そのための医療情報は、信頼出来るかかりつけ医を通して、相談したり調べてもらったりしてください。医師には患者さんのプライバシーを守る義務がございます。
中絶の鏡とは
「子供は親の鏡」と言われるように、子供のふるまいを、見れば、その親が、どんな育て方をしている親であるかを知ることができると言います。
同じように、「これまでの時代の中絶の鏡は男性の振る舞い」ではないでしょうか。なぜなら、女性には1999年まで主体的にピルを使って避妊することも出来ませんでしたし、中絶の主権も1996年の母子保健法の成立までなかったのです。
中絶を受ける女性を非難する前に、医師が何を根拠に何を優先した判断をしてきたのでしょうか。そして鏡である男性の責任の方が遙かに大きかった事を忘れてはならないと思います。
出生前診断の結果を前にした時(あなたの気持ちの鏡)
もしあなたが新しい出生前診断の結果を前にした時、あなたの前にいる男性の診断結果の受け止め方やあなた自身を思い、あなたをいたわり、あなたと共に考える気持ちが、あなたを失望させない男性であり、絶望に陥ることがないことを願っています。あなたの気持ちの鏡となっているのは、あなたの目の前の男性であると考えるからです。
但し、どのような気持ちになっても相手の男性にだけ責任があるのではありません。あなた自身にも責任があることを強く自覚していなければなりません。
次回はヨーロッパ諸国における人工妊娠中絶の様子をご紹介したいと思います。