次亜塩素酸の殺菌機序 (2)含硫アミノ酸と次亜塩素酸の反応
次亜塩素酸の殺菌機序 (2)含硫アミノ酸と次亜塩素酸の反応
今回から、生体あるいは細菌に対する次亜塩素酸の化学的反応について、下記の報告に基づいてご説明させて頂きます。
タイトル:Surviving Reactive Chlorine Stress: Responses of Gram-Negative Bacteria to Hypochlorous Acid
訳:「反応性塩素ストレスを生き抜く:グラム陰性細菌の次亜塩素酸に対する応答」
研究者:Waleska Stephanie da Cruz Nizer, Vasily Inkovskiy, and Joerg Overhage
研究機関:Department of Health Sciences, Carleton University, Ottawa, ON K1S 5B6, Canada;
公表雑誌:Microorganisms. 2020 Aug; 8(8): 1220.
硫黄含有アミノ酸との次亜塩素酸(HOCl)の反応
細胞を構成している最も豊富な素材であるタンパク質は、次亜塩素酸(HOCl)の主な反応の標的です。
特に、システイン(下図左)、メチオニン(下図中央)、グルタチオン(下図右)などの含硫化合物は、他の生体分子と比較してHOClとの反応性が最も高いと考えられます。
左上に示したシステインなどのチオール含有化合物(R-SH)とHOClとの間の反応(下図の(a))は、ジスルフィド(R-S-S-R′)とスルホン酸(R-SO3H)を産生します。
この反応の最初のステップは、チオール含有化合物(R-SH)の塩素化であり、これはスルフェニルクロライド(R-S-Cl)中間体を生成します。
この中間体は、塩素化条件に基づいて、さらに3つの異なる反応経路を経ることができます。(下図は、上記報告の図3です。)
(下の図に示した赤色の枠、青色の枠、及び緑色の枠は、それぞれ次の3つの反応経路を示しています)
第1の経路は、スルフェン酸(R-SOH)およびスルフィン酸(R-SO2H)中間体を介してスルホン酸(R-SO3H)を生成する。
第2の経路は、まず、他のチオール含有化合物との反応を介してジスルフィド(R-S-S-R′)を生成する。
このジスルフィド(R-S-S-R′)は、次いで、酸素化ジスルフィド誘導体、すなわちチオスルフィン酸塩[R-S(O)-R′]またはチオスルホン酸塩[R-S(O2)-S-R′]に変換されます。
最終的に、これらの酸素化ジスルフィド誘導体は加水分解されてスルホン酸(R-SO3H)を形成する。
第3の経路では、塩化スルフェニル(R-S-Cl)がHOClを超えて塩化スルホニル(R-SO2-Cl)に変換されます。
スルホニルクロライド(R-SO2-Cl)は、チオール(R-SH)との反応により、チオスルホネート[R-S(O2)-S-R′]にさらに変換されます。
塩化スルホニル(R-SO2Cl)とチオスルホン酸塩[R-S(O2)-S-R′]の両方が加水分解されてスルホン酸(R-SO3H)を形成されます。
また、上述の反応に加えて、スルホニル(R-SO2Cl、右側の紫色の破線楕円で囲まれた物質)およびスルフェニール(R-S-Cl、中央の紫色の破線楕円で囲まれた物質物質)は、アミノ化合物(R′-NH2、左の紫色で四角で囲まれた物質)と反応して、スルフェンアミド(R-S-N-R′)、スルフィンアミド(R-SO-N-R′)、および不可逆的なスルホンアミド結合(R-SO2-N-R′、左側の紫路の楕円で囲まれた物質)が形成されます。
細菌内の蛋白質と次亜塩素酸の反応
なお、上の図で(b)は、細菌内のタンパク質と次亜塩素酸の反応機序を示しています。
すなわち、タンパク質を構成するアミノ酸と次亜塩素酸の反応を示し、クロラミンやクロラミド化合物を経て、アルデヒドやジクロラミンを生成することが解ります。
・・・もはやアミノ酸あるいはタンパクとしての両性電解質としての機能は損なわれています。
細菌の脂質二重層と次亜塩素酸の反応
上の図の(c)は、細菌の細胞膜を構成する脂質二重層と次亜塩素酸の反応機序を示しています。
細菌の細胞膜を構成する不飽和脂肪酸と次亜塩素酸の反応を示しています。
すなわち、脂質の化学構造上の二重結合の電子遷移によってクロロヒドリン異性体が形成されます。
・・・その結果、細菌細胞膜の流動性が損なわれ、細胞膜の安定性が障害されると考えられます。
<用語説明> 二重結合の電子遷移とは
分子内における電子の遷移(移動)を電子遷移と言います。
そして脂質二重層における「電子の動きやすさ」は、細菌の膜構造が柔軟に周囲の環境に対応すると考えられることから、膜の安定性に関係しています。
・・・すなわち、次亜塩素酸が脂質の二重結合に対して、上の(c)のような反応をすることで、二重結合を構成する電子の動きやすさが抑制されることから、細菌の膜の安定性が損なわれると考えられます。